Amezariz Blog

アイドルプロジェクト「アメザリズ」の公式ブログです。

とあるボーカルメンバーDの設定案

今日も元気におかわり無料、どうもおにぎり(光)です。「とあるボーカルメンバーの設定案」シリーズ第4弾。みんなが出してくれた設定案のうち、俺が気に入ったものを適宜歪曲してあたかも公式設定のように語るシリーズ。書いてて楽しいわ。公式設定?知らんよそんなもんは。え?「このシリーズ全部公式設定とは違う」???んなことぁ公式が勝手に言ってるだけだろ。そろそろ怒られそうだなぁ。

議題になった諸要素

 さて今回ご紹介するのは、このおとk……このボーカルメンバーだァ!!!!黄色い黒船、Dさんだァッッッ!!!(バキの実況風)

 Dさんについて議論されたのは、その来歴と、彼女の趣味についてです。やっぱ仲良くなるには趣味が同じってのも大事だし、個人的にも知っておきたいところ。

来歴

 冒頭のリングネーム(?)でもお察しの方はいらっしゃるでしょうが、彼女は帰国子女。イギリス英語ペラッペラの才女です。語学だけではなく、勉強一般、スポーツステゴロもできる超のつく優等生です。Dさんはshortsなんかでも博学さを見せてくれていますね。それでも気取らず、見た人の心をあたたかくする優しい笑顔からは、気取らない素敵な人柄もうかがえます。

 そんな完璧な彼女ですが、少し不思議なところがあります。あーれれー!?おっかしィぞぉ~????

 ……が、いくら自由自在を許されているおにぎり(光)といえども、触れてはならぬ闇がある予感がしますね。ダイイングメッセージ、解読する側じゃなくて書く側にされそうな闇が。光が闇に飲まれるわけにはいかない。これは逃亡ではない。戦略的撤退だ。うーむ、まずいのォ。あいつ、ワシより強くねー?

趣味

 いずれにせよ仲良くしたほうがよさそうなDさん。ご趣味は一体何であられるのでしょうか。日本のアニメがお好きだそうです。

 その影響で、Dさんは面白い日本語の言い回しをしたりすることがあります。おにぎり(光)はよく知りませんが、アニメや漫画のような言葉遣いが出ることがあるようで、「破廉恥ですわっ!」というのが口癖のようです。ダークネスを感じますね。なんだか深入りするとトラブっちまいそうだ。

 このように、Dさんは優秀で素直な人だからこそ、様々なことをすぐに吸収し、楽しんでいるようです。

 最後に、そんなDさんのお誕生日は10/1。電動工具の日です。何か、深掘りできそうなお話ですが、Toloveる知ってるの丸出しで恥ずかしくなってきた。墓穴掘ったぁ。なので今日はここまで。穴があったら入りてえや。

とあるボーカルメンバーCの設定案

今日も元気におかわり無料、どうもおにぎり(光)です。「とあるボーカルメンバーの設定案」シリーズ第3弾です。三人目に紹介するのはこの方ァ~!!!『旋律のタツマキ』ボーカルメンバーCさん~(エンタの神様風)

 あ、もちろんこの通り名(?)は僕が今考えました。「設定案」なので公式設定関係ないし好きホーダイよ。

議題になった諸要素

 冒頭ではエンタの神様めかしましたが、冗談抜きで圧倒的歌唱力を特徴とするこのCさん。彼女の設定案はどのようなものだったのでしょうか。今回ピックアップして紹介するのは、音楽的バックボーンとパーソナリティについてです。

音楽的バックボーン

 Cさんの深みある歌声、天界の楽器とも思えるその声帯はどこから?ベンザブロックのCMみたいになってるか?僕は右目から?ってか声は喉からか

 僕のようにカラオケに行けばジャイアンリサイタルになってしまう人間と彼女とで何が異なるのでしょうか。その答えの一部は、彼女の育った家庭にありました。彼女のご家族は、いわゆる音楽一家です。

 正直、「いいなァ~、俺も歌の上手い家の子だったらなぁ」なんてことも思いました。しかし、そうした家庭に育った彼女ならではの苦悩を、僕は見逃していたのです。

パーソナリティ

 上記の説明から「なーんだ、じゃあ歌が上手くて当然かァ」なんて思ってはいけません。それは、彼女自身の後天的な努力を見落としているからです。さらに、努力によって上達しても、周囲からは「あれぐらいはできて当然でしょ。だってあそこのご家庭……」と言われたりすることもあるでしょうし、家庭内でも音楽的な成功を常に期待されてきたのです。

 そうした重圧や理解されない孤独に耐えながら、それでも自身の心を歌う。彼女の人としての強さ、そして隠された悲痛さが、歌声となり我々の心を打つのでしょう。優しいはずなのに人との間にどこか壁を作ってしまう彼女の性格は、「弱音」だけは発声できないところからきているのかもしれません。

 ……ちなみに彼女の16personalitiesの診断結果はINFP-T。この診断結果の説明を引用すると……

仲介者にとって理想的な人間関係は、大それた夢や希望だけでなく、ひそかに抱いている恐れや他の人に言えない自分の脆弱さについても、安心して共有できる関係です。

(16 personalities>INFP-A/Tより引用)

 そんなCさんが、ザリガニョンズの他のメンバーたちと交流するなかで、こうした重荷から解放されてゆく……!まさに自由を「謳歌」する日はくるのでしょうか。

 孤独な戦いをしてきた彼女ならではの、たった一人での歌なんかも聴けたりして……?

Mugen

Mugen

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とあるボーカルメンバーBの設定案

今日も元気におかわり無料、どうもおにぎり(光)です。ザリガニョンズのボーカルメンバーの設定案パーソナリティについての議論をご紹介。二人目を飾るのはこの方ァ!!!!ボーカルメンバーBさんだァ!!!MVを見て誰のことか当ててみてね!

amezariz.hatenablog.com

議題になった諸要素

 アメザリズ内で意見の出た諸要素のうち、今回ご紹介するのは、主にメンバーBがアイドルになったきっかけと、好物についてです。好物については絶対書かなきゃいけない(使命感)。公式設定がどうなってようが俺がこれを書くことに意味があるのだ。

アイドルになったきっかけ

 何を隠そうこのメンバー、ふわふわ系な一方エネルギッシュな一面も持つ不思議な方です。そんな不思議な彼女は一体どこからやって来たのか、そしてなぜザリガニョンズにいるのか。雲を掴むような話にも思えます。

 そう、それ正解。このメンバー、実は雷神の子だったのです。雷雲がトレードマーク。通りで初めて見たときに体に電流が走った感覚がありました。彼女の瞳は100万ボルト。どこぞの電気ネズミとは格が違います。

 雷神の子である彼女が、アイドルとなったのは、他のザリガニ的なメンバーとの出会いがきっかけでした。またザリガニが拉致してんよ~

 地上へと来てから、自身の姿を猫に変え、さ迷っていたBさん。変幻自在の力はまさに雷神の子。空模様のように姿だって変えられます。そんなある日、お腹を空かせたその不思議な猫に、ある食べ物をザリガニがBさんにあげ、猫として飼われたかと思われたが……?ザリガニは彼女の魅力に注目し、Bさんに人間としてザリガニョンズに加入してもらうことになったのです。ところが実はビジュアルにも猫の名残が残っていて……?

好物

 さてさてさて!!Bさんとザリガニとを結びつけた「ある食べ物」、Bさんの好物であるそれって何だったんでしょうねぇ!気になりますねぇ!!!気にしてくださいねぇ!!!!だってそんな重要な役割を果たした食べ物、実質ザリガニョンズみたいなもんじゃん???キューピッドやん???

 はい、おにぎりでしたァ!!!!もしかしてだけど、おにぎり(光)に恋してるんじゃないの!?!?キューピッドというより三角関係か!?!?三角?おにぎりだけに!?!?

 ……とまあ、思春期バージョンのどぶろっくみたいなことを言ってしまいましたが、このおにぎり要素はMVにも登場します。「このメンバーBさんって誰のことだよォ」ってなってるそこの君、これが特大ヒントだ!!

 最後の最後、僕のほうが違う意味で浮わついてしまいましたが、彼女のユニークな存在感は、きっとパフォーマンスでは「浮く」というより皆さんにやさしいながらも強烈なインパクト、衝撃のイナズマを走らせてくれることでしょう。雷神の彼女の舞台はきっと晴れ舞台。

とあるボーカルメンバーAの設定案

今日も元気におかわり無料、どうもおにぎり(光)です。今回は、ザリガニョンズの花、ボーカルメンバーの~設定~パーソナリティについて、アメザリズ事務所で議論がなされたその一端をご覧いただきます。~公式設定~ステージ上でのプロの顔とは、また違った一面や裏設定なんかがわかるかも……?あるボーカルメンバー一人だけでも、これだけの話が必要なんですねぇ(他人事)。

議題になった諸要素

 議題になった要素のうち、今回ご紹介するのは、誕生日、経歴と将来の夢です。

誕生日

 誕生日は2月16日水瓶座

 2月16日が何の日か検索されるとどのメンバーなのかほぼわかっちゃう、やばい……?と思ったけど今俺が検索したら別の意味でやばかった。だから先言っとくけど、ノースサイドの偉かった人の誕生日が由来ではないです。天気図記念日です(もうこれ言っちゃお)。

 その他、気象記念日、の日なども選択肢に入りましたが、本人の希望で(!)2月16日に。

経歴と将来の夢

 議論されるなか、このメンバーについての共通認識がありました。以下の通り。

 「普通」でいることの安心と、「ありのまま」でいることへの憧れの間で揺れ動く。周りの目から見た「普通」や期待される役割を演じ続けてきたからこそ、「ありのまま」の自分を表現する情熱は強く、激しい。少しも寒くないわ☃️

 ちなみに、このボーカルメンバー自身の16personalitiesの結果をネタバラシすると、暫定INFJ(提唱者)。このサイトによると、「他の人の考えや社会規範をそのまま受け入れるのではなく自身の知識と直感を基に何が大事か判断して、それを見失わないよう努める人」(太字は筆者による)です。

 話を戻しましょう。普通でいること、ありのままでいることの例としては次のようなものが挙げられました。

  • 優等生(普通)⇔ギャル(ありのまま)
  • 普通の社会人⇔アイドル
  • 普通のアイドル⇔ザリガニョンズ

 ……おっと?「ザリガニョンズだってアイドルだし、アイドルが"普通"ってことはないだろ?」と思ったそこのあなた。お目が高い。しかし、「アイドル」にはアイドルとしての「普通」があります。そして、その「普通」は、「ありのまま」の彼女ではなく、ファンや誰か他者から求められる理想像を演じることなのです。アイドルにはアイドルでいるための暗黙の規範が存在している

 それでは、「ザリガニョンズ」にはそれがないのか、あるいは、彼女がありのままをザリガニョンズで表現していくことができるのか……?それは、これから先の物語を皆さんと一緒に見ていかなければわかりません。一体どうなることやら。

 おっと、最後に。2月16日の誕生花はゲッケイジュ。その花言葉は、「輝ける未来」です。

私って何だよ(哲学)

今日も元気におかわり無料、どうもおにぎり(光)です。アメザリズメンバー内では特級呪物とも呼ばれる存在。俺のことを一体何だと思ってるんだ。まあ心当たりがないではないが。

はじめに

 とかなんとか言ってますが、俺自身が俺が一体何なのかもわかってません。というか、それは本来、説明するものでもされるものでもないでしょう。どんな物語を生きるかは俺の勝手ですが、その物語自体も書き換えは可能だという話は以前しました。「自分」というタイトルの物語において特定の役割を果たす者、「主人公」をそれぞれが一人称で指しているってのが大体のところでしょう。

 ところが、この考え方は、物語の語り手(書き手)としての「私」と、描かれる対象であると同時に、意味を生きる主人公でもある「私」との区別があり、後者を機能的に記述するものにすぎません(大体のことは以前の記事参照)。そこでは、「では、語り手としての「私」はどこからやってくるのか?」という問いには何ら答えていません。今回は、未解決にしていたこの問いへの応答をしてみましょう。以下では、断りのない限り、「私」は語り手・書き手としての自己を指すものとします。クソ長いうえに小難しいけどちゃんとザリガニョンズの話に無理くり結びつけるから読んでください。

言語という他者と自己の適応

 「またゲンゴかよォ」という声が聞こえてくるかもしれませんが、言語による「物語」を語る私は、言語を欠いては存在しえないものです。我々は、特定の言語が用いられる環境に生まれ落ち、強制的にその言語慣習に適応させられます。「絶対的他者」である言語をインストールし、自身の内部においてそれを運用する実践に否応なく参加させられる。暴力的といってよいほどの強引さで。

 この「適応」の過程は意識的になされないのが普通です。少なくとも「話す」「聞く」に関して、「よぉし!自分は母語とされるこの言語を話したり聞けたりするように今日から勉強するぞ!」なんて決意して習得した人はいないでしょう(なぜならこのような言語による思考ができている時点で、その言語を習得してしまっているからです)。その後、より言語共同体における規則やそのバリエーションに習熟することはあっても、そこに「参加」すること、できることは我々の意識的選択によるものではありません。

 このようにして我々は無意識に、「何かを語る」を運命づけられる。そしてその「何か」に自己が投入されるとき、私が誕生するわけですね。なお、この代入でさえ言語インストール後無意識に行われる操作であり、だからこそ機能不全のときにのみ語り手としての私に関し「どのように物語るか」という問いに直面する。

 要するに、生まれ落ち、わちゃわちゃわけのわからない音声のシャワー(言語)を浴びせ続けられ、一人称を用いて語り始めるとき各自が私になるわけです。他者(言語)に遅れた存在として自己はやってくる。ヒーローが遅れてやってくるように?

 言語における一人称を(適切に)用いることこそが主体として存在することであって、言語に先行する主体が一人称で指示されるわけではありません。もっといえば、一人称で指されるようになる主体は、他者からの固有名における呼び掛けや二人称での指示によって先に輪郭めいたものが与えられている(自己を指して「◯◯(名前)ちゃん」と称する幼児は、周囲からの呼び掛けにおける音の響きとそれにより意味されるものとの対応関係を学んだ結果そうしているのであって、それは「一人称」として引き受けることには先行する現象でしょう)。

「言語以前」?

 さて、以上で「はじめにロゴス(言語)ありき」的なことを言ってきたわけですが、「言語習得前にだって赤ん坊は赤ん坊として物理的・生物学的には存在しているではないか」との指摘がなされうると思われます。この指摘はごもっともです。しかし、この記事における「私」は、語る主体としての「私」であり、むしろ、語る主体となったとき、その主体の存在が「私」として言語の世界に位置を得るというのが上記の趣旨です。言語を用いることを本質とする存在は、言語なくして存在しえない。

 しかし、赤ん坊等、言語の習得をしていない者もまた、言語とは異なる原理に則って活動しているのも事実です。しかし、それは言語の世界への適応の結果、不可逆的に変更を受けます。言語のない世界につき、言語に慣れきった私たちには、その思考において言語を用いる以上は想像が及びません(「言語」を「スマホ」といった身近なテクノロジーに読み替えるとわかりやすいかもしれません)。その世界は「語り得ぬもの」であって、そもそも語ることに適した対象ではないわけです(それを「語りうる」と思われるならば言語による変化を受けていないというのではなく、むしろ言語によって語りうるものしか我々は想像しえないことの証左ではないでしょうか)。

ヒューマンバグ?

 ところがぎっちょん、言語をインストールしたぐらいでは消えない部分、あるいはインストールした言語をうまく機能させない部分を、生き物としてのヒトは持っているのも事実でしょう。ハードとしてのヒトは、別に言語インストールを前提としているわけではなく、歴史の過程において偶然に言語を手にしたにすぎないからです。すなわち、ヒトの個体に言語がインストールされ「私」が誕生する一方、ヒトとしての在り方が「私」に還元されるわけではない。「私」を欠くかたちでも動物、生物としての個体の「ヒト」は当たり前に心臓を動かし活動を続けます。

 言語インストールの暴力性と、生物としての有機的な存在の仕方との間には緊張関係があり、これらは必ずしも調和しません。だからこそ、言語で語りうるはずの思考を「無意識」と呼ばれる領域に抑圧し、結果として生存に不利なことが起こることもあるでしょう。そもそも「意識」自体が言語運用における責任の帰属先として要請される、まさに言語上の構築物なわけで、それは「私」と一致するものと観念されているように思われます。

 こうした「不調和」の具体的態様は、ヒトとしての個体における先天的要素や来歴に依存することでしょう。その結果、言語インストールによって生じるキズも個体によってまちまちということになります。この「キズ」こそが、「私」をもった、あるヒトの個体における固有性を示すものなのかもしれません。「私」なくしては(つまり言語なくしては)生じえなかった個体としての独特の傷跡。この「キズ」を我々一人ひとりが「私」としてではなく「ヒト」として持っています。それぞれの仕方でキズがついているし、もはや元には戻らない(し、戻すべきでもない)。

 それは(言語習得後の)ヒトとしての活動の仕方や「私」が変わればそのかたちも変わるキズでしょう。しかもそれは言語化された途端に見えない場所へと移動する。それでも、「キズがあること」は一生変わりません。言語(「私」の語りうるもの)と個体(「私」を除く、語り得ぬもの)との間の緊張関係は解消されえないからです。その在り方が変わり続けるだけ。

「私」の誕生は悲劇か?

 さて、「私」が誕生するプロセスを紹介するとともに、生物的個体としてはそれが後戻りできないキズをもたらすものであることを説明しました。語りうる我々は、これを前提に生きていくしかないわけです。

 このように書くと、一見すると悲劇的に読まれるかもしれません。しかし、私たちはそれぞれ、固有のキズをもった、言い換えればキズのかたちや位置においてかけがえのない存在ともいえます。他に同じキズを持つ者はいませんし、大体みんな無傷ではありません。誰しもがハートにキズがあるもんよ。

 しかし、そのキズの固有性にあぐらをかいても「そりゃお前だけだろうけどさ、こっちだってこっちだけのキズがあるってもんだ」という話で、下手すると不幸自慢になってしまいます。そうではなく、「自分のキズは消えない。他の誰とも違うキズを背負いながら、それでも進むなら、きっと他の誰とも違う、キズではない何かと出逢えるかもしれない」との希望を指し示します。「万人向け」の道具にすぎない言語(と、その産物にすぎない「私」)では表現できない何かをもたらすものとの遭遇。それは「その人だけのキズ」を引き受けてしか期待できません。陳腐な言葉を使うなら、それがそのヒト個体(ただし言語獲得後の)にだけの「幸せ」なのかもしれません。その在り方はヒトそれぞれ。ヒトにはヒトの乳酸菌。

おわりに

 さぁ!!!お待ちかね(?)牽強付会タイムがやってきました!!!以上の話、読んでない方は「言語獲得したら言語っていう型に嵌められるけど、生き物としてはそんな型に嵌まりきれねえよな!はみ出し方で個性出ちゃうわwそれでも行こう!!!たとえ胸のキズが痛んでも~♪」だけ押さえといてください。「何が君の幸せ、何をして喜ぶ?」まで思い浮かんだ人は天才。

 はいここで『DEATH!DEATH!です。』の歌詞一部引用!手慣れたもんや。さっきアンパンマン引用してしもたけど。

唯一無二の君に 自分だけの最高を手に入れる努力をしろ

 さらにさらに!!!MVもやっと公開!!!!!ビジュアル面でももしかすると、この記事のような視点でみると面白いかもしれませんね。ついでに、紹介していない、歌詞の他の部分も……?

 とにかく、MVも(は?)ゼッテェみてくれよな!!


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恋空

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